*高エネルギー重イオン衝突とクォーク多体系の物性科学 [#c09184d1]
#ref(qgp_v2.png,around,right,55%)
我々の日常を取り巻くハドロン物質、その構成素粒子であるクォークとグルーオンの多体系が織りなす多様な世界を紹介します。
特に、宇宙初期に存在した、クォークとグルーオンが閉じ込めから解放された「クォーク・グルーオン・プラズマ」に関する実験的研究(クォーク多体系の物性科学)の現状や将来計画を紹介します。


#contents

***クォーク・グルーオン・プラズマ [#te7b1144]
-クォーク・グルーオン・プラズマ

私たちの日常下において、電子は原子核のまわりに電気的な力によって束縛されていて、原子を形成しています。原子核の電荷数と電子の数は等しく、原子は全体として中性の状態にあります。通常の原子核は、陽子と中性子(総称して核子と呼ぶ)から成り立ち、これらの核子は3つのクォークから構成されています(クォークには、u、d、sクォークなど6種類存在すると考えられている)。クォークから構成される粒子(=ハドロン)には、核子などのように3個のクォークからなる粒子のほかに、クォーク・反クォーク対から成る中間子があります。これらのクォークは、それぞれの重粒子あるいは中間子に強く束縛されており、けっして単独で飛び出すことが出来ないという不思議な性質を持っています。

現在の素粒子・原子核物理学の標準模型を構成する理論の一つである「量子色力学(QCD)」によると、 強い相互作用をおこなう粒子(ハドロン)の集まりは、高温(150-200 MeV)高密度(>1 GeV/fm^3)の極限条件下ではクォークとグルーオンが主体となる新しい物質相「クォーク・グルーオン・プラズマ」(QGP)へ相転移することが予想されています。このような高温度•高密度状況下では、核子間距離が非常に小さくなり、核子の境界が重なり始め、核子内に閉じ込められているクォークは自由に動きだすと考えられます。クォークが核子や中間子への閉じ込めから開放されて、クォークとクォーク間相互作用を伝えるグルーオンが自由に動き回れるクォーク・グルーオン・プラズマが生成されることになります。
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|#ref(nucleon-QGP.jpg,,50%,nucleon-QGP,左:通常原子核物質、右:クォーク・グルーオン・プラズマ(http://legacy.kek.jp/newskek/2003/julaug/rhic.html))|#ref(qgp_fig.gif,,45%,QGP,QGPの作り方(http://utkhii.px.tsukuba.ac.jp/tutor/whatis_qgp.html))|#ref(energy+3p_MeV_p4_asqtad.png,,75%,latticeQCD,格子QCD計算によるエネルギー密度、圧力 vs. 温度(arXiv:0903.4379 [hep-lat]))|
&br;
-初期宇宙

ビックバン宇宙論によると、現在の我々の宇宙の年齢は 137 億年と言われています。 
現在の宇宙論では、t = 10^-37 秒に宇宙のインフレーション 急激膨張が生じ、その後、素粒子であるクォーク対やグルーオン、光子、電子などのレプトン が生成されたと考えられています。t=10^-6 - 10^-5 秒 (数μ秒から数10μ秒; 1μ秒は 10^-6 秒)では、これらの素粒子はばらばら、つまりクォークとグルーオンがプラズマ状態であったと考えられています。クォーク・グルーオンプラズマとは、 ビックバンから数10マイクロ秒後の宇宙初期に存在したと考えられる、「素粒子の火の玉」だと 言えます。

またクォーク・グルーオン・プラズマは、ハドロンの質量獲得機構を理解する上でも非常に重要です。我々の質量の大部分は原子核を構成している核子で与えられます。核子を構成するクォークの質量はせいぜい20×10^{-30}kgと見積もられていて、クォーク3個を集めても陽子の質量1700×10^{-30}kgに遠く及びません。我々の質量の大部分は、QCDの強い相互作用により引き起こされる「カイラル対称性の自発的破れ」(2008年ノーベル物理学賞)によって生成されていますが、クォーク・グルーオン・プラズマは、カイラル対称性も回復された場として、質量獲得機構に重要な知見を齎します。
|#ref(hist_univ.gif,,50%,univ,宇宙の進化とQGP. QGPは数マイクロ秒後の宇宙に存在したと考えられる(http://www.lbl.gov/abc/wallchart/chapters/01/4.html))|#ref(slide3.png,,65%,univ,宇宙の進化とQGP(http://alice-j.org/qgp.html))|
&br;
-QCD相構造

クォークは通常状態では単独で観測することはできません。クォークはハドロンの中に閉じ込められており、「カイラル対称性の自発的破れ」が起こっています。しかし、ビッグバン直後の宇宙初期の高温度状態では、クォーク・グルーオン・プラズマが実現されており、カイラル対称性が回復していたと考えられています。 また、中性子星等のコンパクト天体内部の高密度状態ではハドロンとは異なるクォーク物質が形成され、クォーク2個がペアを組む「カラー超伝導相」が実現されている可能性があります。下図は、横軸を密度、縦軸を温度としたときの、 原子核物質の相図を表しています。水が温度や圧力の変化によって、固体、液体、気体など様々な形態(相)を取る様に、原子核や 陽子、中性子などの物質相も、高温度・高密度領域ではクォーク・グルーオン・プラズマが、低温・超高密度領域ではカラー超伝導相などが実現されていると考えられています。
このようにクォーク・グルーオン・プラズマを理解することは、QCDの物質相を解明する上でも非常に重要となります。

|#ref(phase_diagram_v2_en.jpg,around,,60%,qcd,QCD物質の相構造 (hep-ph/0503184))|#ref(HEHIC.png,,40%,qcd,QCD物質の相構造と高エネルギー重イオン衝突)|



以上のように、クォーク・グルーオン・プラズマという未知の物質相は、我々が生きているこの宇宙がビックバン直後に経験したものであり、宇宙の進化や星の構造、極限物質の豊かな性質を解明する上で非常に重要かつ面白い研究対象です。

***高エネルギー重イオン衝突実験 [#v927712f]

クォーク・グルーオン・プラズマを実験室で生成し、その特性を調べる手法として高エネルギー重イオン衝突があります。重イオン、すなわち鉛などの重い原子核同士を高エネルギーで衝突させ、 衝突直後に高温・高密度物質を生成します。
衝突させるのは 原子核同士ですので、十分大きな体積でかつ、高エネルギーでの衝突あれば、相転移温度を十分 超える高温物質の生成が期待できます。
クォーク・グルーオン・プラズマを生成する試みが、1980年代より本格的に始まりました。
1980年代から、米国ローレンスバークレー研究所のBEVALAC加速器や、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)のAGS加速器や欧州共同原子核研究機構(CERN)のSPS加速器を用いた実験が行われて来ました。BNL-AGSでは核子あたり10GeVの金の原子核ビーム、CERN-SPSでは核子あたり200GeVの硫黄ビーム、核子あたり160GeVの鉛ビームを用いた固定標的実験が行われてきました。
2000年より、世界初の衝突型ハドロン加速器BNL-RHIC加速器が、2009年からは欧州CERN-LHC加速器が稼働を開始し、これまでの10~100倍も大きな衝突エネルギーでの検証が可能になりました。

日本の多くの研究機関が、BNL-RHIC加速器を用いた国際共同PHENIX実験やCERN-LHC加速器を用いた国際共同ALICE実験に参加し、
-QCD物質が持つ多様な相構造の解明
-極限状況下におけるQCD多体系の性質解明、クォーク物質相の持つ熱力学的な性質や物性の理解
-非摂動的な領域での量子色力学の精密検証
-クォークの質量獲得の解明
-ハドロンへの閉じ込め機構の理解
-ビッグバン後の宇宙初期に見られたQCD相転移の理解

を目指して、最先端の実験研究を展開しています。

|#ref(rhic.jpg,,55%,phenix,国際共同RHIC-PHENIX実験(13ヶ国、60 研究機関、600 研究者が参加))|#ref(Members.jpg,,35%,alice,国際共同LHC-ALICE実験(33ヶ国、113 研究機関、1000 研究者が参加))|



***これまでの成果[#vdb55aac]

RHICにおける核子あたり100GeVの金原子核同士衝突やLHCにおける核子あたり1.38TeVの鉛原子核同士衝突では、生成粒子の数密度や横方向生成エネルギー密度から推定された衝突到達エネルギー密度として、約10-30GeV/fm3が得られました。このエネルギー密度は理論的に予測されているクォーク・グルオン・プラズマの臨界温度を優に超えており、QGP状態の生成を十分に期待出来る値です。
その他、クォーク・グルオン・プラズマの生成を示唆するような、様々な興味深い実験結果のうち幾つかを以下に纏めます。
(詳細は、例えば、
[[核物理の将来レポート「高エネルギー重イオン衝突による物理」:http://indico2.riken.jp/indico/getFile.py/access?resId=2&materialId=9&confId=862]]を参照のこと)

&br;
-高横運動量ハドロンの収量抑制(ジェットクエンチング)の発見

高エネルギー衝突に特徴的な現象として、ジェット対生成が挙げられます。
これは、高エネルギー入射パートン同士が大きな運動量移行を伴う2体散乱衝突を起こし、その結果、大きな横運動量を持つクォークが互いに反対方向に生成される現象です。
この大きなエネルギーを持つパートンが、QGPのような高密度状態を通過すると、強い相互作用のために大きなエネルギー損失を起こし、その結果、終状態における高エネルギー粒子数が少なくなる現象です。
その収量抑制の大きさは、QGP中のエネルギー損失量に依存し、その損失量は、QGP中の密度やQGP物質の阻止能や輸送特性で決まる。
ある理論予想によると、高エネルギークォークがQGP中に打ち込まれると、コヒーレントなグルオン放射のために1fmあたり数GeVという大きなエネルギー損失を起こすと考えられています。

SPS, RHICやLHCで、一粒子測定における横運動量分布の変形が測定されています。
SPSでは、高運動量成分が増大するのですが(クローニン効果)、RHIC/LHCエネルギーでは、陽子・陽子衝突に比べ4〜5倍も減少するという結果が明らかになりました。
RHICの重陽子・金原子核衝突やLHCの陽子・鉛原子核衝突では、このようは抑制は見られなかったことから、この減少効果は、金・金原子核衝突や鉛・鉛原子核衝突で生成された物質の影響であると思われます。

RHIC-STARやLHC-ALICE実験では、一粒子測定だけでなく、2粒子測定やジェット対測定を進め、陽子・陽子衝突では反対方向に現れていたジェット対が、重イオン同士衝突では、反対側に飛び出してくる信号が見えなくなっていることを明らかにしました。これは、反対側に飛び出そうとするクォーク(パートン)がQGP中での大きなエネルギー損失のために飛び出せなくなったと考えらます。

|#ref(collisions.jpg,,30%,jetquenching,左:陽子同士衝突における高エネルギーパートン生成. 右:重イオン同士衝突における高エネルギーパートン生成とエネルギー損失(http://www.staff.science.uu.nl/~misch101/research.htm))|#ref(raa.png,,30%,raa,原子核衝突時粒子収量抑制因子. RAA<1で収量の抑制を示す. ハドロンは抑制されているが、透過的な光子は抑制されていない(PHENIX実験))|#ref(zoom.jpeg,,35%,raa1,高運動量ハドロン対の角度相関. 原子核同士衝突のときは反対方向のハドロン生成が抑制されている(STAR実験))|
&br;
-方位角異方性とフローの発見

高エネルギー重イオン衝突の衝突ジオメトリーは衝突する原子核間のインパクトパラメータで決まります。簡単に言えば、真正面(中心衝突、インパクトパラメータ=0fm)の衝突と、衝突中心が互いにずれた衝突(非中心衝突)があります。高エネルギーにおける非中心衝突の場合、衝突に関与する領域は2つの原子核が幾何学的にオーバーラップする領域になり、非中心衝突では、アーモンド型の様な衝突領域になります。
この形状の空間非等方性が、その領域で生成され放出される粒子の方位角度分布の非等方性に転化されます。非等方性に転化される度合は、QGPの輸送特性(粘性)に依存します。例えば、QGP中のパートン間断面積が小さい(平均自由行程が大きい)場合、粒子はどの方向にも飛び出すことが可能で、方位角異方性はありません。しかし、QGP中のパートン間断面積が大きい(平均自由行程が小さい)場合は、QGP中パートンは自由に動くことができず、周りの粒子と大きく相互作用しながら集団的に運動し、大きな方位角異方性が生まれると予想されます。特に、圧力勾配の大きなアーモンド型の短軸方向に多くの粒子が放出されます。
この方位角異方性の強度をRHICやLHCで測ったところ、SPS加速器に置ける強度よりも大きいことが分かりました。また、π粒子、K中間子、陽子に対して方位角異方性を測定したところ、その運動量依存性が、衝突後0.6fm/cという極めて早い時間に熱平衡状態に達したとする相対論的流体計算でよく記述されることが分かりました。なぜ、非常に早い段階で熱平衡状態に至るのか(衝突直後の非摂動的な非平衡過程が絡む実験的にも難解な物理です)、その過程はまだ分かっていませんが、少なくとも、ハドロン相だけではこのような大きな異方性は出せません。

また、異方性の大きさはQGPの比粘性(粘性/エントロピーの比)と系の初期条件に依存します。Glauber模型に基づく初期条件、小さいxで実現されるグルーオン飽和に基づく初期条件があり、両者で実験結果を再現する比粘性が大きく異なります。従って、物性量の決定には、系の初期条件を理解することが重要になります。

初期条件の違いを加味しても、QGPの比粘性は(1-4)hbar/4π程度に制限することが出来ています。hbar/4πがAdS/CFT対応が与える強結合極限であることからも、QGPは非常に強く相互作用する物質と言えます。今後は、比粘性の精密化や温度依存性の検証が必要になってきます。
|#ref(hi_5454.jpg,,40%,hi,衝突直後の衝突領域の空間の非等方性と運動量空間の非等方性(http://www.rikenresearch.riken.jp/eng/frontline/7225.html))|#ref(fig01.jpg,,45%,flow,楕円フローの大きさ(短軸方向と長軸方向の粒子生成比)の粒子依存性や横運動量依存性と流体計算の比較(PHENIX実験))|
&br;
-熱的光子の観測

QGPの温度を測る試みはSPSでの実験でも行われていました。
QGPから放出される熱的光子を測定する試みです。
しかしながら、熱的実光子の測定は非常に難しいものです。
カロリメータを用いた実光子測定では、中性π中間子からの膨大なバックグランドと低運動量領域でのカロリメータの分解能の劣化が主な要因でした。
RHIC-PHENIX実験では、熱的仮想光子からの電子対を測定することで、この問題を解決しました。優れた運動量分解能を持つ荷電粒子飛跡検出器群と電子同定システムがこの測定を可能にしました。
この仮想光子法を用いることで、下図に示すように、金+金衝突における低運動量領域の単光子収量に大きな増加を発見しました。運動量分布の形から平均温度が4兆度だと推測されました。
流体模型の時空発展に熱光子生成過程を組み合わせたモデル計算が幾つもなされ、いずれもQGP相起源の熱光子を支持しています。この結果より、QGPの生成時間と初期温度を制限することが可能になりました。
LHC-ALICE実験では、実光子の電子対への外部変換過程を通じて、熱的光子の測定を行って来ました。LHC-ALICE実験でも、従来のpQCD計算よりも大きな超過収量を測定し、RHICの1.3倍の平均温度を観測しました。

熱的光子のフローも測定されました。
QGPからの熱的光子は、集団運動が形成される前の早い段階で放出されるので、大きな異方性はないであろうと予想されてきました。
しかし、RHIC-PHENIX実験, LHC-ALICE実験は、QGPからの熱的光子では記述出来ない程の大きなフローを測定しました。この"光子パズル"は今でも理解されていません。ハドロン相からの光子が支配的であるのか、もしくは、衝突直後に顕在する大きな電磁場(重イオン同士の衝突直後に10^14-10^15 Tにもなる高電磁場が衝突領域に生成されます。中性子星などの磁場の1000倍に相当します)に起因するものか、様々な議論が現在でも進行中です。

|#ref(tphoton.png,,60%,photon,熱的光子の運動量分布。原子核衝突時に低運動量領域に超過収量が測定された(PHENIX))|#ref(tphoton2.png,,60%,photon,熱的光子分布を記述する流体計算の初期温度とQGPの開始時間)|


これ以外にも以下の成果が得られています。
&br;
-重クォークのエネルギー損失と集団運動

重クォークからの単電子測定を通じて、重クォークもQGP中でエネルギーを失い、集団運動することが分かりました。低運動量の重クォークはQGP中では重い質量故にブラウン運動していると考えられ、流体計算と合わせたモデル計算により、QGPが非常に比粘性の小さい物質であることが明らかになりました。
今後はcクォークとbクォークの分離した高精度測定が必要です。
&br;
-高次フローの測定やイベント毎のフロー測定

これまでは方位角異方性の2次成分(=楕円フロー)が測定されてきました。方位角分布を方位角に対してフーリエ展開したときの2次の成分です。
最近では、3,4,5,6,7,8次の成分が積極的に測られています。高次のフローは、衝突初期のジオメトリーの揺らぎが流体的膨張によって成長したもので、その強度は、衝突初期条件と比粘性に依存します。様々な次数フローの同時測定で、初期条件と比粘性がより正確に理解されることになります。
また、イベント毎の異方性の研究も盛んに行われています。この測定により、衝突初期のジオメトリー、つまり、初期条件に関する理解が可能になります。
&br;
-RHICにおけるJ/ψの収量抑制、LHCでの収量増大

ccbarやbbbarの束縛状態であるクォーコニウムは、QGP中でのカラー遮蔽効果により、ある温度以上(デバイ遮蔽長 < クォーコニウム径)では、クォーコニウムは溶解してしまいます。溶解温度が束縛系の大きさや束縛エネルギーに依存するため、励起状態も含めた様々なクォーコニウムはQGPの温度計としての役割を担います。
RHICでは、J/ψ粒子の収量が陽子同士衝突に比べて4倍程度までに抑制されていることを発見しました。流体計算による時空発展を取り入れたモデル計算では、相転移温度の約2倍で抑制が開始されることになります。
LHC-ALICE実験は、RHICよりもJ/ψ収量抑制が少なかったことを発見しました。LHCエネルギーで見られるJ/ψの収量増大は、LHCエネルギーでより沢山生成されるcクォークと反cクォークがランダムに再結合する過程によることが分かりました。cクォークのQGP中での運動学が反映されるため、重クォーク測定とならび、今後は方位角異方性などの高精度測定が求められます。
&br;
-Υの収量抑制

LHCのエネルギーではbbbarの断面積が格段に大きくなり、Υの収量が新たに測定されました。基底状態Υ(1S)、励起状態Υ(2S)Υ(3S)では抑制度も大きく異なり、束縛エネルギーの大小に応じた抑制度を測定しました。これは、カラー遮蔽効果による予想と無矛盾です。
&br;
-(重)陽子+原子核におけるフロー生成の兆候

RHICやLHCでの(重)陽子+原子核衝突において、非常に興味深い現象が測定されました。
高粒子多重度を持つイベントにおいて、予想以上に大きな方位角異方性が測定されました。系が小さいためにQGPが生成されるとは考えていなかったのですが、この異方性が、
QGPが形成されたことによるのか、もしくは、例えば、衝突初期や衝突直後の高密度グルーオン場の名残(粒子相関)を見ているのか、今後も詳細な検証と理解が必要になります。
(重)陽子+原子核衝突は、衝突初期条件、衝突ダイナミクス、QGPの生成機構を理解する上でも重要な衝突系だと言えます。
また、この衝突系では、前方ラピディティにおいて、粒子生成が大きく抑制されていることが分かりました。これは中央ラピディティでは見られない現象で、衝突初期における核子内グルーオン分布の抑制の顕われではないかと考えられております。衝突初期状態を理解する上で非常に重要です。
&br;
-低運動量と低質量領域電子対の異常収量

低質量領域のレプトン対測定はRHIC/LHC以前に多くの実験で精力的に行われてきました。
低質量ベクトル中間子からの電子対測定を通じたカイラル対称性の部分的回復現象の検証や、QGPからの熱的レプトン対の検出を目指した実験が行われてきました。
HADES、CERES、NA60実験などは、重イオン衝突下で、既知のハドロンからの崩壊成分では記述出来ないレプトン対の異常収量を測定しています。
RHIC-PHENIX実験、RHIC-STAR実験でも同様の低質量電子対測定が行われました。ω以下の領域に非常に大きな異常収量が測定されております。
信号のSN比が非常に小さいのが難点ですが、両実験とも検出器の高度化を行い、更なる高精度の測定を進めています。また、LHC-ALICE実験でも同様の測定が進められています。

***今後の展開 [#ufa78626]

これらの様々な成果を受けて、「QGPの発見」は確固たるものになったと言って良いでしょう。今後は「QGPの発見」から「QGPの物性研究」へ展開することが重要です。私たちが理解しないといけないことは、
-QGP物性量(比粘性、輸送係数等)の温度依存性 
-QGPの応答(ジェットの失ったエネルギーの振舞と伝搬など)
-衝突初期条件、(早期)熱化機構
-ハドロン質量発現機構 
-QCD相構造

です。


発見から物性の本格研究へは、これまでに十分な精度で測ることの出来なかった測定や新しい測定を高精度で進めることが不可欠です。
特に、以下の測定が重要だと考えています。
-ジェット(high pT)、重クォークジェット、直接光子、ジェットの相関測定
-種々のハドロン、フォトン、軽いクォーク、重いクォークに対する高次異方性
-熱的光子/熱的電子対、レプトン対精密測定

これらの高精度測定を可能にすべく、RHIC-PHENIX, LHC-ALICE実験は、2018年頃を目処に、大規模な新規測定器システムの建設を計画しております。
日本グループは、高エネルギー重イオン物理の将来計画として、以下のプロジェクトを推進します。
-RHIC-PHENIX実験からRHIC-sPHENIX実験へのアップグレード
--RHIC-sPHENIX計画は、これまでに高精度で測ることの出来なかったジェット、重クォークジェット、ジェット対、光子-ジェット対測定を強化する計画です。RHIC-LHCの広範エネルギー領域で、相補的かつ高精度な測定を進めたいと考えています。
--RHIC加速器の強みは、衝突エネルギーをフレキシブルに変えることが出来ることです。様々な衝突エネルギーの下で重イオン衝突を遂行することで、QCDの相構造を研究することができます。RHIC加速器はQCD相構造研究の独壇場です。RHIC-sPHENIX実験の大きなアクセプタンスを生かして、様々な衝突エネルギーの下で重イオン衝突を遂行します。
--日本グループは、RHIC-sPHENIX実験において、シリコン飛跡検出器と前置電磁シャワー検出器の建設を計画しています。
-LHC加速器の高輝度性を生かしたLHC-ALICE実験大規模アップグレード
--2018年以降のLHCの高輝度性を生かすことで、ジェット、重クォーク測定、光子やレプトン対の高精度測定への道が拓けます。RHICと相補的にこれらの高精度測定を進めることが重要です。
--高輝度性を生かすべく、既存TPCの増幅部の高度化(ゲーティンググリッドなし、GEMなどのMPGDを増幅部に使う)、電磁カロリメータ建設と読み出し高度化を推進します。また、解析の効率化に向けた国内グリッド計算拠点の拡充化を行います。
--日本グループは、物理解析と並行して、GEM-TPC高度化計画、カロリメータ建設とトリガー高度化を進めています。


また、高密度におけるQCD物性研究、多様な相構造の解明に向けて、J-PARCにおける重イオン加速を検討しています。

-[[sPHENIX実験高度化案:http://arxiv.org/abs/1207.6378]]
-[[LHC-ALICE実験高度化計画LoI (central barrel):http://cds.cern.ch/record/1475243?ln=ja]]
-[[LHC-ALICE実験高度化計画LoI (forward muon spectrometer):http://cds.cern.ch/record/1592659?ln=ja]]


*研究関連のリンク [#q49e6b1d]
-[[チュートリアル研究会 重イオン衝突の基礎から最前線まで:http://indico.cns.s.u-tokyo.ac.jp/conferenceDisplay.py?confId=198]]
-[[日本の核物理将来レポート:高エネルギー重イオン衝突による物理:http://indico2.riken.jp/indico/getFile.py/access?resId=2&materialId=9&confId=862]]
-[[2011年物理学会秋季大会. シンポジウム「日本の核物理の将来」:http://indico2.riken.jp/indico/conferenceDisplay.py?confId=571]]
//-[[2013年物理学会秋季大会. シンポジウム「高温クォーク物質研究の最前線:発見から物性研究へ」:http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/indico/conferenceDisplay.py?confId=571]]
//-[[2012年物理学会秋季大会. シンポジウム「LHCとRHICの競演が拓く 新世代のクオーク・グルーオン・プラズマの物性」:http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/indico/conferenceDisplay.py?confId=437]]
//-[[2011年物理学会秋季大会. シンポジウム「LHC・RHIC 重イオン衝突最新結果で迫るクォーク・グルーオンプラズマの本質 :http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/indico/conferenceDisplay.py?confId=290]]
//-[[2010年物理学会秋季大会. シンポジウム「LHC加速器ALICE実験によるハドロン物理の幕開け」:http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/indico/conferenceDisplay.py?confId=197]]



-実験研究関連のサイト
--CERN-LHCのALICE実験関連
---[[CERN:http://www.cern.ch/]]
---[[LHC:http://lhc.web.cern.ch/lhc/]]
---[[ALICE:http://aliceinfo.cern.ch/]]
---[[ALICE Japan:http://alice-j.org/]]

--米国ブルックヘブン国立研究所PHENIX実験関連
---[[ブルックヘブン国立研究所:http://www.bnl.gov/world/]]
---[[RHIC加速器:http://www.bnl.gov/rhic/]]
---[[PHENIX実験:http://www.phenix.bnl.gov/]]
---[[STAR実験:http://www.star.bnl.gov]]
---[[PHENIX Japan:http://phenix.cns.s.u-tokyo.ac.jp/phenix-j/index.html]]

--国内研究機関
---[[東京大学原子核科学研究センター PHENIX/ALICE:http://phenix.cns.s.u-tokyo.ac.jp]]
---[[筑波大学 PHENIX/ALICEグループ:http://utkhii.px.tsukuba.ac.jp/]]
---[[広島大学 PHENIX/ALICEグループ:http://www.hepl.hiroshima-u.ac.jp/welcomejp.html]]
---[[長崎総合科学大学 PHENIXグループ:http://utkhii.px.tsukuba.ac.jp/related_links.html]]
---[[理化学研究所のPHENIX/Spinグループ:http://www.rarf.riken.go.jp/rarf/rhic/index.html]]
---[[理化学研究所 PHENIX Computing Center:http://www.rarf.riken.go.jp/rarf/rhic/rhic-cc-j/index.html]]
---[[高エネルギー加速器研究機構:http://www.kek.jp/ja/index.html]]


-研究会活動
--[[QCD Matter Open Forum (QCFMOF):http://qcdmof.cns.s.u-tokyo.ac.jp]]
--[[Heavy Ion Cafe:http://tkynt2.phys.s.u-tokyo.ac.jp/qgphydro/heavyioncafe.php]]
--[[Heavy Ion Cafe (Facebook):https://www.facebook.com/heavyion.cafe]]
--[[Heavy Ion Pub:http://hken.phys.nagoya-u.ac.jp/hip/]]